夏の終わりがくれば思い出す、はるかな少年時代

2013年8月19日

夏の終わり

暑さはまったくおとろえず蝉の声も元気だというのに、旧盆が過ぎて帰省のUターンラッシュが終わり、少しずつ通勤電車が混み始めてくると、今年も夏が終わるなあと感傷気味になってくる。おそらく子どもの頃の、夏休みが終わってしまう虚しさと宿題ができていない焦りがミックスして胸のあたりが酸っぱくなるような、なんともいえない気持ちが甦ってくるからじゃないだろうか。

井上陽水の「少年時代」という歌は1990年に発表さているから、ぼくはとうに社会人になっているので少年期の同時代に聴いているわけではない。だが、この歌には「あの頃」を思い出させてくれるような言葉のエッセンスが詰まっていて、聴くたびに夏の終わりを実感してしまうのだ。

この時期を歌った曲は意外に多い。ぼくにとっては次のような歌だ。トワ・エ・モア「誰もいない海」、NSP「夕暮れ時はさびしそう」、グレープ「精霊流し」、井上陽水「夏まつり」、吉田拓郎「祭りのあと」、太田裕美「夏の扉」、サーカス「Mr.サマータイム」、サザン・オールスターズ「真夏の果実」、山下達郎「さよなら夏の日」、最近(といってももう古い!)では森山直太朗「夏の終わり」、などなど。さすがに、サザンよりも前のものは今さら聴くのがかなりこそばゆい。もちろん洋楽もあることはあるのだが、ちょっと日本の夏とはニュアンスが違う。

これ、年代によってまったく違ってくるのだろう。歌はすごい。どんな世代でも琴線に触れる歌があるはずだ。歌は時代を映す鏡であるが、季節をも映す。春夏秋冬という明確な四季だけではなく、冬から春へ、夏から秋へ、などという微妙な季節の移り変わりの機微をとらえた歌というのは日本独特のものかもしれない。

「少年時代」に戻るが、この歌は藤子不二雄Aの自伝的漫画「少年時代」を映画化した際の主題歌として書かれた。漫画(映画)は藤子不二雄Aが戦時中に疎開した富山県の片田舎での物語であり、当時の原風景が歌のモチーフとなっている。

日本の原風景…どこかの番組タイトルみたいであるが、この歌詞と曲調はまさに日本人の遺伝子に刷り込まれたその憧憬とともに、「あの頃」の夏が終わってしまうという感傷を呼び起こしもするのだ。井上陽水の才能たるや恐るべし。Wikipediaによると、陽水はこの歌を作るために全国ツアーを1ヶ月キャンセルしてスタジオに篭っていたらしい。

そういえば、昨今の季節感が失われ始めている現状で、こういう時期の歌は出てきているのだろうか。

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